ステゴロポケモン
ここはポケモントレーナーの街。俺は穏やかな暮らしをしたいのに、街中で目が合う人間が次々とバトルを挑んでくる。
今日も俺の家の前に小学生くらいの女の子が挑戦的な目つきで堂々と仁王立ちしている。この位置関係だとドアを開けた瞬間にバトル開始だろう。
玄関を出ると女児と目が合う。
「バトルするわよ!行けっ!ケロマツ!」
水色の体に大きな目をしたカエルのようなポケモンが俺の家の前に放たれる。
そいつはハンドボールの3号球くらいの大きさで、体も柔らかそうだったので俺はむんずと掴んでみる。ゴムのような体は俺の手の動きに合わせて伸び縮みしている。
女児の方を見ると焦ったような顔をしている。少々可哀想だが、これがバトルというものだ。俺はポケモンを持っていない。いつだってステゴロ勝負だ。
俺は水色のカエルを地面に叩きつける。ゴム毬のように弾むカエル。彼の頭の上にはダメージ表示。なるほど、あと五回ほど叩きつければ俺の勝ちだろう。
「ケロマツっ!」と叫ぶ女児。ケロマツはフィギュアのように固まって動かない。俺は再びケロマツを地面に叩きつける。
しかし、成人男性に五回も地面に叩きつけられてようやく気絶とはタフな生き物だ。俺は行儀が悪いかなと思いながらも早くこの場を立ち去りたかったのでケロマツを踏みつけ地面にグリグリと押し付ける。連続で表示されるダメージ表示。
女児の表情は一層悲壮なものになるが、俺は逆にイラついていた。人の家の前で喧嘩を売り歩いているのが悪いんだ。俺はケロマツを再び持ち上げ、女の子の遥か後方へとぶん投げた。
泣き叫びながらケロマツの後を追う女の子。彼の体は松ヤニがなくてもグリップがよく効き、ゲームのバグのように遥か彼方へと飛んでいった。この調子では探すのに何日もかかるだろう。
俺は特に用事もなかったことを思い出し、再び家に戻った。
イルカ予報
気象庁がどのように地震の影響を予測しているかご存知だろうか?彼らは民間の水族館と提携し、魚たちを使った驚くべき方法で地震をシミュレートしている。
その日、友達と水族館に遊びに行くと大きめの地震が起こった。水槽が揺れて水面が激しく揺れる。魚たちは身を翻し、岩場の影に隠れようとする。
俺たちは職員に案内され水族館の裏側へと足を踏み込んだ。そこには展示用とは異なる大きな水槽があり、俺たちはそれを見下ろすような形で立っていた。
その水槽の上には巨大なスクリーンがあり、地震の影響を示す図が表示されている。地図にはよく分からない線が書き込まれていて、その線は時間経過と共に形を変えていく。どうやらその線の片側は航行可能なエリア、もう一方の側が航行不可能なエリアを示すらしく、そこでは船を使った産業への影響を計算しているようだった。
それを眺めていると、突然画面一面におびただしい数の魚が蠢く様子が映し出された。
「魚たちが入った水槽に水流を作り、彼らがどのように動くかを見ることで航行可能範囲の予測をしているんです」
そう語るのは俺たちの傍にいた水族館スタッフだった。彼らは気象庁とグルで、日々このような倫理観に欠けるシミュレーションを行なっていたらしい。
スクリーンが格納され、その下にある水槽の様子がよく見えるようになる。水槽内には複雑な水流があり、その中を魚たちが必死に泳いでいる。それによく目を凝らすとイルカまでいる。
「イルカも使うんですか?」
「イルカのような大きい生き物も使わないと予測できないんだよ」
職員はそれが不本意であるかのような口調で語った。彼の腰には小魚が入った筒のようなものがぶら下がっていたので、イルカショーのスタッフなのかなと思った。
そうこう言っているうちに水槽の中の流れが速まる。今や洗濯機のような有様だ。魚もイルカももみくちゃにされている。
流石に可哀想だ。そう思ったのは俺たちだけじゃないらしい。イルカショーのスタッフはもう耐えられないといった様子で、小魚を手いっぱいに掴んで水槽へと投げ入れた。
餌が投入されたからか、より流れが早まる水槽。魚たちは遠心力で壁際に追いやられ、そのうち圧死するんじゃないかと思った。
スタッフは小魚を投げ入れながら励ましの言葉を送り続ける。すると突然、一匹のイルカがスタッフに向かって飛んでいった。加速器のごとき水槽から打ち出されたかなりの高速ハイジャンプだ。ショーと勘違いしたんだろうか。
しかしそんな呑気なことを言っている場合じゃない。このままではイルカが地面に衝突してしまう。イルカが飛んでいった方向にはもう一つの水槽。頼む、届いてくれ!
その場にいた全員が固唾を飲んで見守る中、イルカは隣の水槽の手前の地面に衝突し「ギェッ」と一声上げて沈黙した。
「頼む!死ぬな!まだ逝くな!」
先ほどのスタッフがイルカに駆け寄る。
「畜生...腸が...!」
ダメだったらしい。スタッフ数人がかりでイルカの遺体を運び出す。その腹からは内臓が飛び出ていた。
その場にいた全員が通夜モードになっても悲劇は止まらなかった。またしても他のイルカが大ジャンプを披露する。当然地面に衝突、絶叫、脱腸、沈黙。
それに続くように3匹のイルカが水槽を飛び出す。彼らが頭上を通り過ぎていく瞬間、その凛々しい姿に目を奪われた。そこに水槽はないのに、彼らはいつものように飛んでみせた。最後の瞬間までスタッフがくれるご褒美の魚のことしか考えていないような表情だった。
シミュレーションは緊急停止されたが、水族館は7匹のイルカのうち5匹を失った。例の職員は泣いていた。
俺たちは気まずいので帰った。